今回は、共働きで子ども二人を送り迎えしていた山崎さん(仮名)が、夫の仕事の都合で海外へ移住することになった事で感じる”家事”と”教育”と”お手伝いさん”についてを語って頂きました。

 

 

はじめに

 

共働き夫婦間での家事分担というのは当たり前であると、20年ほど前に思っていました。また、主人が家事を手伝ってくれないという子育て中専業主婦の言葉には少しあきれる気持ちさえもありました。

 

今、これまでの20年近くに及ぶ日本と海外での家族としての暮らしを振り返り、改めて、家族メンバーの家事における役割分担の重要性を感じています。

 

これは、いつも家事分担が出来てきたからではなく、一人でやり切らなければいけないという少し切羽詰まった期間があったこと、東南アジアでの生活の中、住み込みお手伝いさんの利用が一般的な現地の子供たちの様子をみて、自分なりに譲れない部分があったりと、失敗を繰り返しながら考えさせられることがあったからだと思います。

 

子供が産まれてからの東京での3年近くの子育て、東南アジアへ引越しをして専業主婦となってからの子育てをとおしての家事分担を考えてみました。

 

日本で共働きの家事分担が比較的らくに出来た理由

 

 

子供が生まれる前の夫婦間での家事分担は、ずいぶんと気楽に行えていました。

 

 

残業の多かった私にかわって、毎日ではないものの、夕食をつくるのは主人、そして食器洗いをやってもらう間、私は洗濯と簡単部屋掃除。休日には洗濯と布団干しだけで時間に余裕がもてるように、掃除はお風呂やトイレをはじめ、使用後に綺麗にするという習慣をつけることで、家事そのものを負担に感じることはほとんどありませんでした。

 

そして、長女が産まれて4ヶ月目からの復職に向け、先ず、広い空間でゆったりと子育てができるかと、会社から電車で40分ほどの郊外へ移転。ところが、0歳児保育のある保育園へ預けての子育てと仕事との両立生活がはじまったときから、私の育児・家事分担の比率が大きくなってきました。

 

 

長女の保育園への送迎は、時間の都合で私の役目。それまでの洗濯や掃除も、洗濯量がふえたりで費やす時間が長くなったり、なかなか出来なかったり。

 

 

たまりにたまった洗濯もの、なかなか掃除が出来ない日々、時間に制限があるなかでの保育園への送迎と、外で仕事をしているのが一番気楽と感じるほどまで家事と育児のストレスが大きくなってきました。

 

 

そして、主人も、それまでやる必要のなかった洗濯や掃除の手伝いで負担を感じていたことから、家事代行サービスと育児支援サポート(各自治体で提供する子育て支援ヘルパー派遣)を利用する事としました。

 

 

育児支援サポートで助かったのは、保育園では0歳児の迎え時間を早くに設定してあったため、そのお迎えをお願い出来たことでした。はじめの数ヶ月は、サポートの方のご自宅で面倒をみていただき、お互いに慣れたころから我が家まで連れ戻り、これは、従来のサポート範囲ではなかったと記憶しているのですが、洗濯物の片付けまで手伝っていただきました。

 

そして、家事代行サービスでは、キッチン、トイレにお風呂場と水周りは、それまで通りの使ったら簡単掃除という習慣がなかなか行き届かず、また、床全体もモップをかけたりはしていたものの、隅っこだけでなく、全体的に綺麗といえる状態ではなかったところを、1ヶ月に1度の掃除サービスを利用することで、気持ちに余裕がでてきました。

 

 

また、この二つのサービスを利用した頃から、食事も出来るだけ週末につくりおきをする、買い物の負担を減らすために生協の宅配サービスを利用する、アイロンの必要なものはクリーニング店へだすなどと、夫婦二人だけのときとは変わって、平日に少しでも余裕が出来るように切り替えていくことで、楽になってきました。

 

 

そんな子育てと仕事の両立で、2年が過ぎたときに第2子の出産。今回は 2ヶ月の休職後仕事復帰となったものの、上の子の保育園では3ヶ月未満児受け入れがなかったため、下の子は0歳児託児所へ預けることとなりました。

 

 

二つの保育園は、先ず、自宅から駅まで1kmほど、その駅をはさんでそれぞれに北へ1.2km、南へ500mほど。朝の出勤にあわせて慌しい中での 3ヶ月児と2歳児の準備には、主人も参加出来たものの、自転車を利用して二つの保育園へ送り届けるのは、私の役目。家をでて通勤電車へ乗る迄、1時間をかけて朝の送りを行います。

 

 

上の子のお迎えは、主人か育児サポートの方にお願いする体制が出来ていたので、仕事の後は、下の子、3ヶ月児を駅から500mの保育園に迎えに行くだけでよかったのですが、さすがに高齢出産という年齢もあったのか、お掃除代行、育児支援サポートサービスをもっても、平日の疲れとストレス度はなかなか収まってくれませんでした。

 

 

この頃のストレスは、1人目の子供が保育園に行き始めた頃に感じた家事の負担からくるものではなく、通勤、送迎タイムを含めて、いつも時間におわれている感からのものでした。

 

 

通勤時間が長くなるところへ引越ししたことを後悔することもありましたが、土曜日の上の子との水泳教室、そして、日曜日は公園でゆっくりと過ごすことでずいぶんと落ち着くことは出来ていました。

 

 

あと10ヶ月、あと8ヶ月、と、子供たちを同じ保育園に預けることが出来れば、すべて楽になるとおもう日々を過ごした頃、主人の仕事で東南アジアへ移転することに。

 

 

仕事を続けられない事への無念さはあったものの、これからは、家で子供たちの面倒をみる専業主婦になるのだなと、実は、少しほっとした気分で、もうすぐ3歳になる長女と7ヶ月の息子たちと東南アジアでの生活をはじめる事となりました。

 

このときは、日本のように整備された施設、2歳児未満の保育施設などもない海外で、小さい子供たちと暮らすことの大変さなど考えてもいませんでした。

 

東南アジアで専業主婦となり家事分担という概念がなくなった

 

 

東南アジアでの洗礼ーお手伝いさんのとらえかたに驚く

 

ここへ引っ越してきて気づいたのは、子供たちのいる多くの家庭には、住み込みのお手伝いさんがいるということでした。

 

 

入居した賃貸の部屋で修理が必要なことがあり、不動産業者さんが修理業者の点検と片付けのためにお手伝いさんを伴って来てくれたことがありました。

 

 

部屋全体の掃除を始めたお手伝いさんにその場をまかせ、共同部分のプールで子供たちを遊ばせていると、すでに顔見知りの小学生の兄弟がきて遊び始めました。

 

 

そこに、お椀とスプーンをもったお手伝いさんが。

 

 

プールの中にいる弟の方に呼びかけ、スプーンで食べ物を口に運んでいる姿をみていると、食事が終わったからか、そのお手伝いさんはプール近くの部屋へもどっていきました。

 

 

しばらくして子どもたちがプールから上がる際、子供用の小さいプールで遊んでいた我が子姉妹のおもちゃを、そのお友達兄弟が大きいプール中央へいくつか投げ込んでから去っていきました。

 

 

すでに腕輪で水への抵抗のない3歳になったばかりの長女に深いプールに取りにいかせることもできたものの、それは違う、あの男の子たちに引き上げさせようと思い、プールそばのお宅へ向かいました。

 

 

 

ベルを鳴らし、すぐにやってきたお父さんに事情を話すと、家の中に怒鳴り声で呼びかけ、そこへやってきたのは、兄弟ではなくお手伝いさん。そして、彼女がプールに向かい始めたのです。

 

 

 

それは違うだろうと思った私は、黙っておけない性分から、そのお父さんに、おもちゃを投げた男の子たちが回収するべきではないかと伝えると、今度は大声で呼ばれて出てきたのはその兄弟。

 

 

 

ガンと頭をなぐられ、プールへ飛び込み、おもちゃを回収してくれました。

 

 

 

これにはずいぶん驚いたのですが、その後、外でも、お手伝いさんを何でも屋どころか、子供につきそって身の回りすべての世話をしているのに「ありがとう」という言葉をかけるどころか怒鳴るのが当たり前といった風潮があることに抵抗をおぼえるようになっていきました。

 

 

専業主婦は、子育ても家事もやるのが当たり前?

 

 

これは、私自身がずっと思っていたことでした。専業主婦なら、ご主人が外で仕事をしているのだから、家の中の事は主婦がすべてやれるでしょう、と。

 

 

そして、新天地での事業設置で忙しい主人は、それまでの家事分担をきれいさっぱり忘れてしまったようでした。

 

 

休みの日には子供たちと一緒に過ごし、夜9時ごろに寝かしつけるのは主人。日本でやっていたそれまでと同じ役目となっていました。しかし、それ以外で子どもを相手する事が無いので、私がほっとして、片付けや洗濯の仕分けが出来る時間は依然として少ない状態でした。

 

 

 

昼間は、子供とのんびり過ごせるかと思っていたら、ゆっくりと散歩に行けるような天候でも道路状況でもなく、買い物へでかけると、子供用のおむつ替えの場所もないようなところで、かなりストレスだらけの専業主婦としての子育てが始まったのです。

 

 

 

ここへ引っ越してきた際、ミニジャングルを裏手に、自然に囲まれ鳥のついばみが一日中聞こえるゆったりとした住居空間を楽しんだのも束の間。

 

 

 

子供たちの保育園送迎に仕事場との往復に3時間以上かかっていたときの時間の緊張感と体力的なストレスはなくなったものの、日中、誰かと話すわけでもなく、子供たちのそれぞれの動きにあわせることだけで終わる日々の精神的な疲労感、ストレスとなってきました。

 

 

 

ありがたいことに外食費用が安いので、夕食はほとんど外ですませていると、やはり栄養面で偏りがでてくるのか、ますますイライラはつのり、腰は痛くなり、そして、引っ越後の4ヶ月目、1歳になる直前の息子がロタウイルスによる緊急入院。

 

 

そのとき、主人は出張中。

 

 

脱水症状をおこしていたための入院だったのですが、主人がいなかった入院初日、3歳の長女を子供を可愛がってくれていたお隣さんと幼稚園で入園当日になかよくなった友達のお家、どちらに預けたのかも、はっきりと覚えていないほど疲れきっていました。

 

 

 

二泊三日で退院できたものの、すっかりやつれて歩くことさえ出来なくなった息子にはりついての数週間で、今度は私がぎっくり腰に。

 

 

 

そして、専業主婦として、「子育ても家事も一切まかせて!」という思いを5~6ヶ月目に断念することとなりました。

 

後半へ続く