前回に引き続き奥村さん(仮名)の家事についてを書き綴って頂きました。

 

 

シンプルな暮らしによる、家事負担軽減と家族の理解

 

 

私は現在、シンプリストを自称しています。

 

シンプリストとは、持ち物を極力簡素化する方針の人を指し、そのライフスタイルをシンプルな生活といいます。

 

ミニマリストという人たちにも似ていますが、家具すら手放してしまうミニマリストとは違い、シンプリストは最低限の家具は積極的に保有します。

 

辞書に載っている言葉ではないので厳密な定義はありませんが、一般家庭よりも物が少なく、ミニマリストよりは物が多い人と認識してください。

 

 

シンプルな暮らしは、激務をしていた私を救ってくれた夢のようなライフスタイルでした。

 

一方で、家族にはなかなか理解してもらえないライフスタイルでもあります。

 

 

私がシンプリストになったきっかけや、実際に感じたメリットやデメリットを通して、シンプルな暮らしの魅力と夫婦の家事分担について書きたいと思います。

 

 

シンプリストになったきっかけ

 

私がシンプリストになったきっかけは、同棲解消をした元彼と長時間労働です。

 

 

元彼はとにかく家事分担してくれない人で、更に悪いことに極度に物が捨てられないという特性を持った人でした。

 

私と一緒に住む前の元彼のひとり暮らしの部屋は「ゴミ屋敷」と友人たちに揶揄され、10センチ積み重なったゴミの上で生活をしていたようです。私と交際を始めた当初は頑張って隠していたようなのですが、付き合いが長くなると、その本性があらわになりました。

 

 

元彼との暮らしで感じたのは、異様なまでの物への執着心です。

 

 

どう考えても使わないものを「いつか使うかもしれない」と言って手放しません。

 

だからといって物を大事にするわけではなく、すぐ壊してしまうのですがそれも捨てません。元彼にとって物を捨てることは、かなりのストレスになるようでした。

 

だから、家にはどんどんと物が増えていきます。捨てないので減ることはありません。

 

私は「掃除だけフォローすれば、あとは分担できる」と考えていたのですが、一緒に暮らし始めると、彼はこれまでしていた料理も洗濯もしてくれませんでした。

 

そのうち私が転職し、1日12時間以上働くようになりましたが、変わらず全ての家事を負わされ続けました。家事に手が回らなくなると、家はどんどん足の踏み場がなくなり、ゴミ屋敷のようになっていきます。私はどうしても家に帰りたくなくなって、職場近くのネットカフェに泊まる事も増えました。

 

そして同棲解消の日、私は家具家電を全て元彼に託し、段ボール8箱と新しく買ったベッドのみを持って新居に引っ越しました。

 

何もない部屋にベッドがひとつだけという光景を見て、頭の中が晴れ渡るような、生まれ変わったような、不思議な感覚になったことが今でも鮮明に思い出されます。とても気持ちが良いと感じ、ずっとこの気持ちでいたいと思いました。

 

 

買い足したものは洗濯機、冷蔵庫、電子レンジ、机、ソファのみ。

 

こうして、私のシンプルな生活が始まることになります。

 

 

シンプルな暮らしのメリットは、完璧な家事が楽になること

 

物が少ないことのメリットは、なんといっても掃除が楽になることです。

 

物がないので整理整頓はほとんど発生せず、床の上には最低限の家具しかないので物を動かさずにたった数分で満足のいく掃除ができます。

 

風呂場には桶や椅子はなく、洗面所やキッチンの見えるところには何ひとつ物が出ていない状態です。1日1回数分掃除をすれば新築のようなきれいさを保つことができました。

 

物が少ないと掃除の時短ができる上、クオリティが高い清潔な状態を維持できるのです。

 

私は当時、朝7時前に家を出て深夜0時過ぎに帰る生活をしていましたが、私の部屋はいつもモデルルーム並みにきれいでした。

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料理はもともと休みの日に1週間分作りおきしておく方法で暮らしていたので、激務でも9割は自炊です。平日は帰りが遅いため洗濯機は休日にしか回せませんが、量が少ないので苦ではありませんでした。

 

つまり、これまで私の身に重くのしかかっていた家事は、掃除と片付けだったのです。これらが簡素化されることで、家事が一気に楽になりました。

 

我ながら、激務な割には完璧な家事を行っていたと思います。完璧主義すぎるという自覚もありましたが、きれいな部屋で過ごす事が気持ち良くて、維持するのをやめられなくなっていました。

 

 

私はシンプリストと自称していますが、誰かのライフスタイルに影響されて始めたわけではありません。家が物で溢れていくトラウマと、激務と完璧な家事の両立が諦めきれなかったライフスタイルのなれの果てがシンプリスト的生活でした。

 

その後インターネットで自分と似たライフスタイルを提唱する人たちの存在を知り、彼ら彼女らが名乗る「シンプリスト」を私も自称するようになったのです。

 

 

シンプルな生活のデメリットは、家族の理解と協力が必要な事

 

 

シンプリストの特徴として、不要な物が増えるとストレスを感じ、いらないと思ったものは、すぐに手放してしまう事が挙げられます。

 

とはいえ、引き出物やお歳暮といった人から頂いたものもすぐ手放してしまうわけではありません。家で使うのならば現存の物を手放し、入れ替えで使います。使わないのであれば、暫く保存した後に親類などに譲渡する方法を考えます。何かをひとつ増やす時は、何かをひとつ手放す。使わない場合は、うまく手放す手段を考える。こうやって物の数を極力維持します。

 

何よりもシンプリストは物の数にそこまでこだわりません。「必要だ」「生活が豊かになる」と感じるものに関しては柔軟に、積極的に取り入れます。ただし採用する基準は、一般家庭よりもかなり厳しいのが特徴です。

 

私の場合、物を買わないので物を手放すということはあまりないのですが、不要な物を増やさないことにかなり執着していました。

 

例えば、包丁があるからピーラーやスライサーは買いません。ゴミ箱はキッチンに1つあれば十分なので、他の部屋には置きません。食器洗いが楽なように、食べる時に使う皿は汁碗とプレートのみなど、そういった類のこだわりが何個もありました。

 

つまり、物が少ない代償として不便さが付きまとうのです。

 

 

私はその後、今の夫と出会い一緒に暮らすことになります。

 

テレビなどは買い足しましたが、私のこだわりで家の物は相変わらず極端に少ない状態でした。夫は優しいので特に何も言いませんでしたが、物が少ない故の不便さは感じていたと思います。

 

ある日、私の価値観が大きく揺らぐ出来事がありました。

 

夫がじゃがいもの皮を包丁で剥いていたのですが、不慣れなため指を切ってしまったのです。その際、夫は申し訳なさそうに「ピーラー買っちゃダメ?」と聞いてきました。

 

せっかく家事を分担してくれるのに、自分のストレス回避やポリシーのせいで怪我をさせてしまったことに気づき、心底反省をました。夫は私がシンプルな生活にこだわる理由を知っていたので、何も言わず我慢をしてくれていたのです。

 

 

それをきっかけに、私の「ものを増やしたくない」気持ちは一気に軟化していきます。

 

 

私は元彼から物が多い暮らしを強いられて苦しんでいましたが、夫は私から物が少ない暮らしを強いられ、苦しい思いをしていました。

 

 

特殊なライフスタイルを送るには、家族の理解や協力が必要です。妥協しないと家庭不和の原因になることを元彼との暮らしで学んでいたはずなのに、私は同じ過ちを犯してしまっていたのでした。

 

 

夫と暮らし始めて多少物は増えましたが、それでも一般家庭よりは物が少ない家です。

 

夫と一緒に暮らし始めた当初、私はまだ激務を続けていましたが、夫は更に上を行く激務の人なので、家事負担の多くは私に降りかかります。

 

その際にも、物が少ないシンプルな暮らしというのは改めて威力を発揮しました。夫の協力が得られる分、前よりも楽になったとすら感じます。

 

夫も家事をする中ですごく楽だと体感したようで、一緒に家事を増やさない努力をしてくれるようになりました。

 

 

シンプルな暮らしと、共働き夫婦の家事負担

 

 

夫婦で極力物を持たず簡素化する暮らしをして得たものは、ゆとりとやすらぎです。

 

多少仕事には追われていても、家事に追われるという感覚はなくなりました。

 

どんなに忙しくても家はモデルルームのようにきれいで、心が休まる空間であり続けます。

 

そして物を買わないので出費が少なく、マイホームの購入や出産に備えて順調な貯金ができて一石二鳥の効果を感じています。

 

 

物を減らし、家事を減らすという発想は、夫婦共働きが当たり前になっている現代の家庭にはとても有効な手段のように感じます。

 

 

かつて専業主婦がこなしていた家事の量と質を、フルタイムで働きながらひとりでこなすというのは、物理的に不可能です。夫婦での分担や家事のクオリティを下げるという選択肢を選べないのであれば、外注するか家事の量を減らすという工夫や対策が欠かせません。

 

お金をかけない事を重視するのであれば、シンプルな暮らしは大変合理的です。

 

私の夫は家事をする人なので、家事を増やさないように暮らす意義を当たり前のように感じて、そういったライフスタイルを受け入れてくれました。

 

しかし、家事をしない者は家事を減らす行動をとる意義を感じません。なぜならば、自分の生活が不便になるだけで、家事が楽になる恩恵を受けないからです。

 

なんにせよ、共働き夫婦の家事分担は現代に欠かせない要素だと改めて強く感じます。