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夫婦の家事分担という概念はいつからあったのでしょうか。

 

 

 

 

少なくとも、40歳長男の私が産まれ育った環境にそれは全くありませんでした。

 

 

親父は仕事、家事・育児は専ら母の役目でした。

まぁ、よく言う昭和の家族スタイル。

 

 

 

 

親父は仕事さえしていれば良いという考えで、仕事の邪魔をしなければ家事、育児に口出しすることはなく、母も、親父の家での過ごし方に言及することもありませんでした。

 

 

 

それが良いのか悪いのか。

 

 

 

自分が叱られた時、どんなに泣き叫んで、尚且つ平手打ちで追い打ちをされようと、親父は見向きもしませんし、食事中に喫煙なんて当たり前。

 

 

 

仕事を理由に朝まで飲んでいても母が咎めることは一度もありませんでした。

 

 

 

当然、親父が洗濯する姿や、皿洗いする所などは見たことがありません。

 

 

 

 

勿論、自分が病気した時は病院へ連れて行ってくれましたし、習い事の送り迎えもしてくれました。

 

 

 

まるっきりどうしようもない親父でもなかったわけですが、もうちょっと構って欲しかったな~というのが、息子としての本音です。

 

 

 

 

 

そんな私も結婚し、親父になりました。

 

 

当時の私が親父に対して抱いた不満を思い出し、同じ鉄は踏むまいと心に決めました。

 

・育児から仕事に逃げない。

・子供の悩み、訴えに向き合い、自分の考えを押し付けない。

・もっと学校での事とかに関心を持ってもらいたかった。

 

 

 

もしかしたら、そのことを後悔する日が来るかもしれない。しかし、それよりも自分の方針を曲げてしまう事の方が人生最期までしこりが残ると思うので、基本的理念はブレずに子供たちに対して説得力を持たせるためには、仕事+家事をこなす姿を小さい頃から見せることから繋がっていくと考えて、積極的に家事をしています。

 

 

 

我が家の一日の流れ

 

朝4時頃、妻が自分の弁当の準備と、子供たちの水筒の段取りをして、再び眠りに。

 

 

 

5時、私が起床し身支度を済ませ、用意してくれた弁当を車に積み、出勤。

 

 

 

6時、子供たちと妻が起床。ドタバタの朝食。

その後、上の子を小学校に送り出し、下の子と共に妻出勤。下の子を子供園に預けて、職場へ。

 

 

 

17時、妻は職場からの帰りに下の子を迎えに行って、帰宅。

夏場は汗が半端ないので、帰宅後すぐお風呂に直行。だいたい同じくらいに上の子も帰るので、時間があったときは同時に入浴。

 

 

 

私が帰宅し、自分以外入浴済みの時は、そのまま入浴。まだの場合は、子供たちの入浴を担当。

 

 

 

脱衣の時に自分の作業着は洗濯機へ。その間、妻が夕飯作り。

 

 

 

風呂上りに夕飯ができたなら、自分が配膳。夕飯に時間があるなら、二階で昨日干した洗濯物を取り込み、畳む。「ご飯だよ」の合図で全員が食卓に集まります。

 

 

 

食事が終わると自分が食器を洗い、妻は明日の子供たちの準備と洗濯物干しと二回目の洗濯。それが済み次第子供たちを私が寝かしつけた後、二回目の洗濯物干し。

 

 

 

ここで一日の家事が終了。時間は、夜9時~10時くらいでしょうか。

 

 

今でこそ「普通」になっていますが、上の子が産まれて間もない頃に聞いたことがあります。

 

 

 

「子供育てるって、こんなに大変なんだな。一人の時間って欲しくならない?」と。

 

 

 

 

 

すると妻は「欲しいけどそんなヒマない。多分一人になっても、この子のことが頭から離れないから充実した時間にはならないと思う」と回答。

 

 

 

もっともだな、と思います。

 

 

 

下の子が産まれた現在、同じ事を問いかけたところ、ほぼ同じ答えが返ってきました。

 

 

 

子供ファースト、親としての心情ですね。

 

 

 

妻も家庭環境は似通っており、母に厳しく躾られたそうです。

 

 

 

しかし、父親は割と家事参入派で、料理と食器洗いはよくしていた為か、家事分担は普通の事との認識でした。

 

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家事は分担、育児は協力

 

 

我々夫婦の共通認識です。

 

 

 

家事の分担の経験談として書いてきましたが、子育てにも密接に関わってくるものであることを改めて実感しました。

 

 

 

家事は大体自分がしますが、育児はほぼ妻の役目。妻自身が手塩にかけ、厳しく育てています。

 

 

曰く、「(特に上の子は)私のコンプレックスがまんま出ているから、私の手で矯正したい。」

 

 

 

これには育児に対して手出し口出しはし難いですが、自分とて育児に対する信念があるので、「これはやり過ぎだな」と判断すれば、遠慮なく妻にモノイイをつけます。

 

 

 

妻も頑張ってはいますが、ストレス耐性はあまり高い方ではなく、仕事に学校行事、幼稚園行事がタイミング悪く絡んでしまうと、子供に対しヒステリック気味によくなります。

 

 

そこを諭すのも、夫の努め。

 

 

一日の最後に、洗濯物を二人で畳みながら、「今日はどうした?」「何か嫌な事でもあったか?」と探りを入れてみると、端を切ったように妻の口からは愚痴の嵐が吹き荒れます。

 

 

 

そこからは、お地蔵さんのようにひたすら聞き役に。

 

 

 

…ぶっちゃけ、突っ込みたくなる事もありますが、それでウサが晴れるのなら…全ては子供の為。

 

 

 

勉強は取り戻す事はできますが、教育はそうはいきません。

 

 

 

それは妻も同感しています。

 

 

「あなたが家事やってくれてるから、この子達に十分な時間をつくれる。ありがとうね。」

一度だけですが、これを言われた時は泣きそうになりました。

 

 

 

感謝を言葉にするって、大事ですね。

 

 

 

自身のコンプレックスを正そうとするあまり辛く当たり、その子の精神的バロメーターが見えていない感じが往々にしてあります。

 

 

もっと柔軟に、もしくは全く別の視点から攻めたりとかできれば、もう少し育児が心理的に楽になるのに…とはいえ、難しいです。

 

 

 

自分も意見が衝突しそうな時や、モノ申したい時などは、なるべく直球は避けて、一風変わった切り口を探すようにしています。

 

これが良いのか、悪いのか、もっと良いやり方があるのか。試行錯誤の末、現在のスタイルに落ち着いています。

 

 

 

 

「魔の3歳児」は、第一次成長期として知られています。

 

 

それがその後、反抗期として格段にパワーアップして親に襲い掛かるのです。

 

 

 

その時の対応はどうすればよいのか、親子の確執が生じ兼ねないとするなら…考えただけでゾッとします。

 

 

 

 

子育てに正解はありません。

 

 

 

が、間違いは山ほどあります。

 

 

 

 

その結果は、子供たちが成人した時にわかるでしょう。

 まだまだ、夫婦とも成長過程にいるようです。子どもが段々と成長し、その時その時に後悔することだけはないよう、意識を高めに保っていきたいと思います。