前回「「かわいそう」と言われ続けた私の幸福な人生(40代女性・既婚)」についてはこちら

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シングルマザーがほぼ初対面の男性と交際する

 

 

私が再婚した相手は、姉の同級生です。交際のきっかけも、姉がセッティングした食事会。おたがい面識はありましたが、ほぼ初対面でした。

 

 

 

 

病気の奥さんを長年看病してきたけれど、数年前に亡くなった。自営業だった父親が急死して、従業員のために会社を継ぎ、自分の夢はあきらめた。今は犬と一戸建てに暮らしている。

 

 

 

 

自己紹介がてら聞かされた彼の境遇は、とても印象的でした。この人は、常に誰かのために生きてきたのだなあと感じました。

 

 

 

一方私は、勝手に家出をして結婚。離婚して実家に戻ったかと思えば、また家を出て息子と気ままに暮らしている状態。まるっきり正反対の生き方です。にもかかわらず、気がつけばメールのやり取りが増え、自然と結婚前提の交際をしていました。

 

 

 

そのとき、私が38歳で息子が中学校3年生、相手が44歳です。世間への意地だったのか何なのか自分でもわかりませんが、息子の義務教育が終わるまで絶対に再婚しないと心に決めていたので、私にとってはベストタイミングだったわけです。

 

 

 

当時、シングルマザー時代の生活リズムを思い出してみます。息子は野球部で朝練があるため、起床は午前5時から7時の間。パン食の日は、ジャムやチョコレートクリームを載せた洋食トレイとカップスープ。ご飯の日は、夕食の残りやつくだ煮のタッパーを載せた和食トレイとインスタントみそ汁。この朝食トレイは、毎朝本当に大活躍してくれました。

 

 

 

息子を見送ったら、9時の出勤に間に合うよう大急ぎで夕食の支度をします。といっても、冷凍庫にはポリ袋で調味料漬けした肉や魚が常に入っているので、どれかひとつを前の晩に冷蔵庫へ移しておき、朝は切ったり焼いたりするだけです。これらの下ごしらえは、仕事のない日にまとめて仕込んでおきました。

 

プロポーズと入籍と息子の中学卒業

 

交際開始から2カ月。夜景の見えるレストランで指輪を渡されるという絵に描いたようなプロポーズを受けました。ロマンティックなシチュエーションとはうらはらに、会話の内容は超現実的で、息子を特別養子縁組する際の手続きや高校進学の費用などに終始しました。

 

 

 

 

数日後、今度は夫から息子へのプロポーズの場が設けられました。これは、「俺もお母さんと君の仲間に入れてください」と正式にあいさつをしたいという夫の意向です。夫はニコニコ、息子は料理に夢中、立会人として同席した私が一番緊張していた気がします。

 

 

 

 

そこからは、目まぐるしく入籍届け、息子の中学卒業、高校進学と寮探し、引っ越し、私の退職手続きなどをこなしました。これから息子にお金がかかることが予想されたので、結婚式や新婚旅行はなしです。

 

 

 

高校から寮に入る息子については、もちろん心配でしたが、本人を信じて子離れしようと思いました。私と息子は運命共同体として、かなりベッタリの仲良し親子。そろそろ赤の他人に怒られたり親切にされたりするのが、息子に必要なステップなのかもしれないと感じていたのです。

 

 

ボランティア気分なのかと夫を疑ったこと 

最初のうち、私は夫の言動に違和感がありました。父親になるという事実に、なんだか必要以上にはしゃいでいるように見えたからです。もしかしてボランティア気分?「かわいそう」と見下されているみたいでいやだな、という被害妄想がわいてきました。

 

 

 

 

しかし、この気がかりは、まったく予想外の形で解決しました。夫が妙にはしゃいでいるように見えたのは、ちゃんとした理由があったのです。

 

 

 

夫と亡くなった奥さんとの間に子どもはいませんでしたが、奥さんが亡くなる少し前、3歳の男の子を養子にする前提で育てていたそうです。

 

 

 

奥さんが亡くなると、男の子の祖母が「父子家庭になるなら、やっぱり養子にはやれない」と言い出しました。まだ、裁判所が正式に認める前(監護期間:試験養育期間)だったため、夫の努力はむなしく、その子は施設に取り戻されてしまいました。

 

 

 

こんなに大事な話を結婚してから知るなんて、後出しもいいとこだよ!と腹は立ちましたが、とりあえず夫が私の息子を大歓迎してくれる理由がわかったので安心しました。

 

 

 

専業主婦生活を満喫する

 

 

「働きたければ働いてかまわないし、君の自由を束縛するつもりはないよ」

 

 

 

「自由にはもうウンザリしたから、あなたと結婚したんです」

 

 

 

私は仕事も好きでしたが、もともと家事や料理も大好きです。時短にこだわらない凝った料理を作り、好きなだけ読書をする生活を満喫したかったので、まずは専業主婦の道を選びました。

 

 

 

 

夫のお弁当と3食の食事を作り、家を整えたら雑草が生え放題の庭も整えて、あとは好きなことをして過ごします。軟禁状態のような生活が苦になるタイプもいるのでしょうが、ずっと外で働いてきた私にとって、専業主婦ほど新鮮なものはありません。

 

 

 

そういえば、専業主婦たたきを初めて知ったときはカルチャーショックでした。子どもに留守番をさせて働くことで、さんざん批判された覚えはありますが、もし私が「専業主婦のお母さん」だったとしても、それはそれで批判されたのでしょう。

 

 

 

高校時代の息子は、平日は寮から高校へ通い、日祝日になると可能な限り帰って来ました。地下鉄とバスを乗り継ぐのに、なおかつ反抗期でかならず母親とケンカになるのに、それでも律儀に帰ってくるのが本当に愛おしかったです。

 

 

 

 

長期の休みにも毎回帰ってきて、夫の会社でアルバイトをしました。思春期に突如現れた新しいお父さんより、気兼ねなく話せるバイト先の社長という関係性が、我が家の夫と息子にはしっくりきたようです。もし女の子なら、こうはいかなかったかもしれませんが。

 

 

在宅勤務で共働き家庭にシフト

 

平和な毎日が続くかと思いきや、しばらくして夫の給料が少ない月、まるで出ない月、逆に極端に多い月があることに気がつきました。このような収入の浮き沈みは、自営業家庭ならよくあることなのですが、サラリーマン家庭育ちの私には耐えられません。

 

 

 

せめて息子と私の共済掛け金や携帯代くらいは稼ごうと、マイペースでしていたフリーライターの仕事を本格的に再開しました。したがって、現在は共働き家庭です。

 

 

 

共働きといっても、赤ん坊や幼児はいませんし、日中をメインにした在宅勤務なので家事の分担は特にしていません。自活経験のある夫は手がかかりませんから、分担するほどの家事はないというのが本音です。

 

 

 

 

仕事を再開してからも家事が苦にならないのは、長年のシングルマザー経験のおかげで、時短調理が完全に染みついているからかもしれません。買い物をすれば、条件反射のように下ごしらえをしますし、パックのままで冷凍庫に入れるなんて言語道断という感覚がいまだに抜けません。

 

 

 

 

時短だけでなく節約も染みついているので、夫によけいな心配をさせてしまうこともあります。ためておいた人参とジャガイモの皮でキンピラを作ったときは、「お金足りないの?野菜高いもんな、ごめん」と悲しそうに言われました。それ以来、節約はコッソリするよう心がけています。

 

 

 

人生は、明るい方を選ぶと失敗しない

 

子連れ再婚は大変だとか、妻を亡くした男には嫁ぐなとか、再婚前には周囲の心配が伝染して不安になることもありました。

 

再婚後も、息子の反抗期を「私が再婚したからだわ!」と考えることもできましたし、前の奥さんの位牌は生家に送り返してほしいと主張することもできました。でも、私はそれを選びませんでした。考え方が暗いからです。

 

 

 

シングルマザー時代に、周囲の「かわいそう」という声を真に受けると、本当に不幸になることを学んでいるからこそ、常に暗い考えは拒否して、明るい考えを選択してきました。人生は、明るい方を選ぶと失敗しないのです。