こんにちは。

ピナイ家政婦サービス編集部です。

 

先日の天皇皇后両陛下のフィリピンご訪問。

日本とフィリピンの国交正常化60年に際し、国賓としてフィリピンを公式訪問された両陛下は、首都マニラのマラカニアン宮殿でアキノ大統領主催の晩さん会に出席されました。

 

マラカニアン

 

天皇陛下は、太平洋戦争でフィリピンが受けた甚大な被害に触れ

「日本人が決して忘れてはならないことであり、私どもはこのことを深く心に置き、旅の日々を過ごすつもりです」

と述べられました。

 

晩さん会に先立ち、両陛下は「無名戦士の墓」を訪れました。

戦争の犠牲になったフィリピンの人々を悼み、拝礼し、またその後には、日本政府が建てた「比島戦没者の碑」へも足を運び日本人戦没者も追悼、平和への思いを示されました。

 

両陛下の今回のフィリピン訪問は歴史的にもとても意義あることであり、またベニグノ・アキノ大統領は今回の両陛下のフィリピン訪問に際し、到着の際の出迎えに加え、お見送りにも空港に出向くなど異例の厚遇をされました。

 

今後も日本とフィリピンの素晴らしい関係が進んでいくことを望むばかりですね。

 

 

今回の両陛下訪問の舞台にもなったマラカニアン宮殿とは?

 

マニラのシッグ川沿いの緑の木々に囲まれた閑静な場所にあり、白亜の壁と赤茶けた屋根のコロニアル様式が目を引く宮殿。

 

さまざまなフィリピンの激動の歴史の舞台にもなった場所です。

 

起源は1750年頃にさかのぼります。

マラカニアンとはタガログ語で「高貴な人が住むところ」という意味。スペイン統治時代の将軍の夏の避暑の離宮として作られました。

 

マラカニアン宮殿内部

 

1863年、大地震でマニラの城門の府、イントラムロスが破壊されたため、総督官邸がここに移されて以来、国の最高権力者の官邸が置かれているそうで、第二次大戦後はアメリカ総督府として、またフィリピン政権成立後は現在に至るまで歴代のフィリピン大統領官邸として使われて続けています。

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マルコス大統領とイメルダ婦人の3,000足の靴

 

マルコスはフィリピンの大統領として約20年(1965~86)にわたって独裁政権の権力者として君臨し、イメルダ婦人とともにこのマラカニアン宮殿で豪華な生活を楽しんでいました。

 

1983年、反体制指導者アキノがアメリカから治療を終えて帰国したところ、マニラ国際空港で警察によって殺害されるというベニグノ=アキノ暗殺事件が起き、エドサ革命(別名「ピープルパワー革命」)が勃発。

 

国民たちに追われたマルコス夫妻は米軍のヘリコプターで宮殿を脱出、アメリカに亡命し、1986年その独裁体制にはピリオドが打たれました。

 

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マラカニアン宮殿に突入した民衆たちは、すでに脱出した大統領夫人イメルダの部屋から3,000足にもおよぶ豪華なブランドの靴や衣装部屋一杯になった贅沢な装飾品の数々を発見、その光景は腐敗した政権の終焉の象徴となりました。

 

このマラカニアン宮殿、現在はアキノ大統領が居住しているため、内部は開放されていませんが、一部敷地や博物館部分はツアー会社などを通しての事前申し込みで見学可能だそうです。

 

見学の際にはドレスコートがあり、短パン、ノースリーブ、胸元の開いた服、スリッパなどでは入場できないそうですので念のため。