家事分担のカギは実は妻の意識?

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ピナイ家事ラボ編集部

ピナイ家政婦サービスが運営している「ピナイ家事ラボ」の編集部です。日々、家事代行のお仕事で得た様々なノウハウを皆さまに発信していきます。

今回は、海外転勤を経て専業主夫となったTさんが考えるご自身の家事分担を綴って頂きました。家事と仕事に対する女性の考え方を、主夫の立場で考察しています。

「家事ハラ」炎上騒動

「家事ハラスメント」とか「家事ハラ」という言葉が2014年に問題になったことがあります。共働き家庭の夫が家事をした時に、妻から「やり方が悪い」などとダメ出しを受けて精神的に苦痛を受けたケースが多いという調査をもとに、「妻の何気ない一言が、夫の家事参加をさまたげている」というキャッチコピーをつけたハウスメーカーの広告が炎上した騒動です。

調査自体にもいろいろと問題があったのですが、女性が家事をすることを前提に「協力している」男性目線での一方的な見方に立ったキャッチコピーだと多くのクレームが出て、その企業は広告の掲載期間を短縮することで事態の収拾を図りました。

当時の私は男の側の甘えと思っていた

当時、妻も私もフルタイムで仕事をしながら、小学生の娘と保育園児の息子という二人の子供を育てていました。夫婦ともに出張もあるなど仕事は忙しく、家事も子育ても二人で分担しなければ回らない状態で、それでも足らないところは、近所に住む妻の母親に手伝ってもらっていました。

寝る前に洗濯して浴室に干すのは遅く寝る方、洗濯物を取り込んでたたむのは先に起きた方といったように、できることをできる時にやらざるを得ない状況だった私には、家事ハラ「被害者」の夫の話は、「家事を分担してやってるんだから、文句言うな」と恩を売っている男の甘えに感じたのを覚えています。

自分が「専業主夫?」の立場になって見方が変わった

家事ハラの話を思い出したのは、1年半前に我が家の形が大きく変わった後です。私は「専業主夫?」の立場になり、これまでの夫婦で均等に分担という立ち位置から、私がやるべきことが多くなるなという思いで家事を見るようになりました。そしてその立ち位置になって感じたのは、家事の分担は、夫がその気になるだけでなく妻の意識も変えないと上手くいかないということだったのです。

そう考えた時、「家事ハラ」の問題は、意識を変えない夫と同時に、意識を変えられない妻の問題でもあったのではないかと思うようになりました。

妻の海外転勤で仕事を「お休み」する決断

2016年に妻に海外転勤の話が出ました。海外支店の支店長という異動で、妻のビジネスキャリアを考えれば受けるべきであることはビジネスパーソンとして私もすぐに理解しました。そして次に思ったのは、自分が仕事を辞めてついていこうということでした。

妻が単身赴任して私が子供たちと日本に残る、もしくは妻と子供が海外に引っ越して私が一人日本に残るという方法もあったのでしょうが、子供がまだ小さく両親がそばにいることが望ましいこと、妻にせよ私にせよ一人で子育てや家事を全部やるのは大変なことから、家族全員で引っ越すべきと思ったのです。

私は外資系の会社に勤めていてこれまでに数度の転職経験もあり、会社を辞めるというより妻の海外勤務(3年くらい?)の間だけ仕事を「休む」という感覚だったかもしれません。こうして私は海外で「専業主夫?」になりました。

想像していたのと違う現在の家事分担

海外に引っ越して、家事は専業主夫の私が一手に引き受けているかというと…実態は異なります。現在の我が家では、妻が朝早く起きて出勤前に、子供たちのお弁当と、夕食のおかずの準備をしています。食事の用意を妻がしている関係から、食材の買い物も週末や仕事の後に妻がやっています。子供たちのお弁当はとにかく、夕食のおかずというのは朝作る必要は無いわけで、それを忙しい朝にわざわざやっているというのは不自然ですよね。

別に私がやりたくないと言ったわけでもないし、私の作る食事が食べられたものではないというわけでもありません。実際、数か月に一度ある妻の出張の際には、子供たちのお弁当も夕食も私が作っています。しかし妻は「私がやる」というだけで、海外生活がスタートした時からずっとこのパターンを続けています。

私は食材以外の日用雑貨などの買い物、掃除、洗濯、子供たちの送迎など残りの家事をやっていますが、家事と言えば多くの人がまず「料理」をイメージするでしょうから、それをやっていない私は専業主夫と言っていいものかどうか。

妻が家事を手放したがらないのでは

どうして妻は料理を任せてくれないのか?疑問に思っていた私にある日、その答の一端であるような出来事がありました。それは娘の眼鏡の小さなネジがはずれてしまった時のこと、「会社帰りに眼鏡屋さんに持って行って修理してもらう」と言う妻に、「その程度なら自分でできる」と私が言ってちょっと言い争いになりました。

そしてその時に妻が言ったのが、「あなたは不器用だから、出来るだけ何もして欲しくない」という一言。そう、まさに、「家事ハラ」で問題になった妻のダメ出しのフレーズです。

こう言っては何ですが、眼鏡のネジ止めなんて小さなドライバーがあれば器用とか不器用以前の問題です。実際、娘の眼鏡は5分もかからずに私が直すことができました。

この一件を経て私は思ったのです、妻は私に「料理を任せられない」のではなくて家事の象徴である料理を「手放したくない」のではないかと。そして、夫が仕事を持っていた時の家事分担はあくまで「分担」で、夫は妻をサポートするだけと思っていたのが、夫が「主夫」になって自分から家事を「奪う」ことを妻は無意識に懸念しているのではないかと。

働く女性ver1.0

ここからは私の仮説ですが、妻は「家のことは妻(母親)が全てやるべき。それは仕事をしている女性であっても同じだし、むしろ仕事をしている女性だからこそ家のことも専業主婦の女性と同じレベルで完璧にこなすべき」、と思っているのかもしれません。妻の母親は昭和一ケタ世代で、会社で働いた経験もないまま結婚して専業主婦として暮らしてきました。妻はそんな母親を見て育ったので、家事は母親がやるべきという感覚が無意識にあるのでしょう。

女性が社会に進出し始めた黎明期には社会に、「家のことをしっかりやった上で男性と同じように働く」のが当然という考えがあり、その時期に社会に進出した意識の高い女性たちはそうしたゴール意識があったように聞きます。妻はどちらかと言えばこうした「働く女性ver1.0」に属する人で、夫や外部の人(家政婦さんなど)の力も借りながら仕事をこなしていくのが普通という「働く女性ver2.0」と認識に差があるのかもしれません。

「一億総活躍」には男性だけでなく女性の意識改革も必要?

現在の世の中にはまだ、妻のような働く女性ver1.0の人と、ver2.0の人が混在していそうです。これは男性である私の一方的な仮説ですが、本当はver1.0型女性だって「無理に家事を抱え込まずにver2.0にシフトするべき」と思っているのではないでしょうか?それでも自分の中で割り切りきれないと、「夫はやり方が悪い」「家政婦さんに任せるのは子供の教育上問題」など言い訳を作って自分の仕事を守ろうとするのでしょう。

家事ハラ騒動の背景には、働く女性の目指す姿に対する女性間での意識のズレもあったように思います。一億総活躍社会(この言葉もあまり聞かなくなりましたね)の実現には、家事を何か特別なものと捉えず、それをする人が家庭を支えているのだという旧来の意識を取り去ることも必要ではないでしょうか。

…ちなみに我が家は現在の家事分担体制がしっくりしてきているので、妻の意識改革は求めずしばらくはこの分担で行く予定です。結局、分担の姿は各家庭で多様ってことかもしれません。

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